潮風がジュレットの街を駆け抜ける。ネブドを一刀の元吹き飛ばしたリベリオは、周囲の冒険者達の様子を見てすぐ様キャットマンマーの方へ振り返る。
「マンマー様!」
「言われずとも分かっておる。」
呼ばれたマンマーが一歩踏み出し、両手を掲げる。瞬く間に魔力が収束し、それが『倒れる冒険者達へ』降り注ぐ
「広域蘇生呪文【ザオリーマ】!!!」
蘇生呪文。回復呪文の中でも特に高位に位置するそれは、冒険者達の傷を癒し、魂が肉体へ戻る事を手助けする。
「・・・ッ、ゴホッ!うぇえ・・・口の中がしょっぱいぃ・・・」
そう言うミャジを始め、意識を失っていた冒険者達が次々に起き上がる。
一方魔法を行使しただけにも関わらずキャットマンマーは膝が崩れる。
「マンマーさん!?大丈夫ですか!?」
肩に乗っていたウェディの少女『ソーミャ』は驚いて声を掛ける。いくら広域蘇生呪文が強力な呪文とは言え、一回使用した程度で崩れ落ちそうになる様な物では無い。
「防衛結界が貴女にも効いてしまっている様子ですね。救援に来て頂いたにも関わらず申し訳有りません。」
そうマンマーに語り掛けたのは一早く状況を察したアレス。今度こそ油断無く武器を構えネブドを警戒しながら、マンマーに起きた異変の原因を口に出す。
「ニャー!この全身がチクチクするのはそう言う事かニャ!?だったら直ぐにそれを止めるのニャ!」
「そんな事したら敵が喜んで街に入り込んで来るんだよ。察しろデブ猫。」
リベリオの頓珍漢な提案をヒューザが切って捨てる。子供のような口喧嘩を始めるが互いに実力だけは認めているのか、背後の心配をする様子は無い。
その様子を見て、マンマーは口元を綻ばせる。かつて敵であった者に背中を預ける姿勢。それは確かにリベリオの変化を裏付ける証拠。
先程までの問答と、今目の前で繰り広げられるやり取りに、どうしても口元が緩んでしまうのだった。
「マンマー様ぁ!!!」
「おお、リベリオ、久方ぶりではないか。」
猫島の最奥部。女王の玉座に駆け込んで来たリベリオに悠々と声を掛けたが、息を切らせるその様子と、背に乗った珍客に眉を潜めた。
「それに珍しい客もおるな。久しいのうソーミャ。ジュレットに行くと挨拶しに来た日以来かの?」
「お願いですマンマー様!ジュレットの街を助けて下さい!」
問いかけに答えず、慌てて叫んだのはリベリオの背に乗っていたソーミャだった。
ジュレットを、つまりはウェディを救うと言う事。それが何を意味するか理解出来ない者など此処には居ない。にわかに殺気立つ玉座の間。それをマンマーが手で制する。
「それを猫魔族に乞うと言う事の意味、分からぬ其方ではあるまい?」
ソーミャを認めているが故の問いかけと迫力に言葉が詰まる。いくら大人びていようが、ソーミャはまだ子供なのだから。しかし、その二人の間に割って入る者が居た。
「俺からもお願いしますニャ!ソーミャは俺の恩人でもあるのニャ!」
リベリオが頭を地に擦り付ける。その姿に、殺気立っていた空間が別の理由で騒めく。
他人の為に『あの』リベリオが頭を下げたのだ。
「リベリオよ、お主にとってジュレットの街は身を挺する程の場所であると?」
「ウェディにも色々居るのは旅の中で理解しましたニャ。それでもスカしたウェディ野郎は気に食わないですニャ。」
ですが!と顔を上げ、マンマーの目を見据えて言葉を続ける。
「恩人を助けるのに、個人の感情など二ノ次だと今は思っていますニャ!だからどうか!どうかお力をお貸し下さいですニャー!!!」
今度こそ、場の空気と流れが明確に変化した。マンマーを裏切り、他人に頼って許しを乞うたあの頃のリベリオからの明かな変化。それを目のあたりにし、猫島の住民達のリベリオを見る目が、僅かながら尊敬の念を込めた者に。
敏感にその空気の変化を感じ取ったマンマーは、一つ髭を撫でるとリベリオの横に控えていたミャルジを手招きする。
「暫く留守にする。それまでジュニアを頼んだぞ。」「マンマーさん!」
「他ならぬソーミャとこの猫島の仲間であるリベリオの頼みだ。無下には出来まいよ。」
マンマーの暖かい言葉と笑顔に釣られ、ソーミャの目尻から涙が一滴流れ落ちる。
だが、袖で強く目元を拭うと、しっかりとマンマーに頭を下げる。
「ありがとうございます。どうかジュレットを、よろしくお願いします!」
「任せるが良い。時間が惜しい。近う寄れ。ソーミャは妾の肩に。」
ソーミャが不思議な顔をしつつ肩に乗る。しっかり捕まっている事を確認したマンマーはその手で転移の魔力を練り始める。
座標をソーミャの記憶から固定。転移呪文が発動し、光帯となって空へと飛び立つ。
最後の援軍は、こうして戦線へと参じたのだった。