だが、それでも地力の差は大きい。
甲高い音と共に、遂にかいりの手からオートクレールが離れる。
かいりの首筋にはかげろうが持つ刀が添えられ、鉄の無慈悲な冷たさを肌越しに伝える。
互いに呼吸を乱してこそいるが、かいりのそれの方が圧倒的に荒く、そして心臓は狂った様に早鐘を打つ。
誰が見ても言い訳のしようが無い完敗。
「ハー・・・あーもう!勝てると思ったのに!」
荒い息を整えたかいりが子供の様な大声を上げる。
「ちょっとかいり!?状況分かってんの!?アンタ首に刃物当てられてるのよ!?」
「あー無理。負けた悔しさの方が大きい。」
「かいりってばー!」
慌てる妖精を他所に、こんな状況にも関わらず笑顔を浮かべる。
だって、と相棒達の方を見て呟く。
「本気で殺す気なら、戦闘中に斬られてるわよ。こうやって寝転がされてる時点でどうしようもなくアタシの完敗だわ。」
そう言ってかげろうを見上げるかいりの目には、少なくない畏敬の念が宿っている。
その目線と言葉にキョトンと目を丸くしたかげろうは、再び口元に三日月を浮かべると、ゆっくり。噛み締める様に。言い含める様に言葉を吐き出す。
「・・・何か勘違いしてるけどね?」
「へ?」
刀の峰を伝うように、かげろうがかいりへと顔を寄せる。
「私はこうやって少し話がしたかったから斬らなかったんだよ。」
「えーと・・・かげろう・・・さん?」
その気になれば斬れていたとか、そう言う物理的なやり取りをしている時とは違う雰囲気にかいりは別の危機感を感じ取る。
「良い剣筋だった。愚直で、真っ直ぐ。ちょっと前のアイツを思い出すみたいでね。」
「そりゃどう・・・いやちょっと待ちなさいアンタ何処触ってんの!?」
かいりの制止の声も聞かずにかげろうは手を伸ばす。ぺたぺたとかいりの露出した肩や腰回りに触れれば、一箇所触る毎にかげろうのテンションが感嘆と共に上がって行く。
「ちょっと!かいりからはーなーれーなーさーい!」「はわわ・・・はわわだよかいり~」
「女だてらにここまで体幹がしっかりしながら鍛えているのは素晴らしい。お姉さんキュンキュンしちゃうなぁ・・・」
何とか引き剥がそうとするぱにゃにゃんだが、ここまで密着されていては呪文を打ち込む訳にもいかず、然りとて必死にかげろうの服の裾を引っ張ろうにも、体格の差が大きすぎる。
「うんうん。一目見た時から気になっていたが素晴らしい。かいりも私とにゃんにゃんした後に嫁候補につい・・・」
言葉の途中でかいりの眼前からかげろうが消える。いや、とっさに飛び退いただけなのだが、そうとしか見えない速度であった。
「殺殺殺(シャシャシャッ)!」
「わ、と、え!?はっちゃん!?なんでここ・・・にぃ!?」
現れたのは吊り目のプクリポ。横合いからかげろうを蹴り飛ばそうと飛び込んで来た彼の手には、小柄な体に似合いの短剣が二刀。それを凄まじい速度でかげろうに叩き込む。
それを驚きながらも捌き切ったかげろうだったが、目前に現れた“花火玉”に流石のかげろうも目を見開く。
「たーまやーーー!!!」
「き、きみどりぃ!?」
プクリポの男と同じ様に何処からともなく現れた人間の少女。彼女の叫びと共に風泣き岬に大輪の花が咲く。
凄まじい閃光と爆風を、当然のように凌ぎ切ったかげろうが咳き込みながら瞳を開く。
「まあ、二人が居るならももっちもタカも居るよなぁ。」
「うふふ、かんにんえお嬢。これも仕事やからねぇ。」
まるで切り取られた絵の様な断崖絶壁。付き合いの長いかげろうでも一瞬現実と見紛う幻術が舞い飛ぶ蝶と共に現れる。
そして、その一瞬を逃さぬとばかりにかげろうの足元から無数の鎖が伸びる。刹那の抜刀で数本を撃ち落としたかげろうだったが、斬り払った鎖は尽くが淡い幻と消える。
「あっ!ぐえっ・・・!」
珍しく虚を突かれたとばかりに声を漏らしたかげろうだったが、直後彼女の両手足を身体ごと“上から”飛来した鎖が巻き取る。
「コラー!タカ!主人を縛り上げるとは何事かー!」「申し訳ありませんが、カミハルムイからここまでの道中で苦情が多発しております。お叱りは後で受けますので、一度お屋敷まで戻って下さい。」
現れたオーガの男が雁字搦めのかげろうを肩に担ぐ。さながら俵を担ぐが如き体制は色気の欠片もあったものではない。
突然現れた彼らは“陽炎衆”。
武者修行と称しては各地で問題を起こすかげろうに業を煮やした当主が目付役兼“遊び相手”として付けた集団。
“縛鎖”のタカ
“花火”のきみどり
“胡蝶”のももわか
“千刃”のはっしぃー
種族も性格もバラバラながら、いずれ劣らぬ強者揃い。
もっとも、彼女との関係を優先して度々目溢ししているのは当主の思惑通りだったか定かではないが。