「ハァーンハッハッハ!新作こそ買えなかったものの、このアロマ、コロン・・・ありが~い神の慈悲にを体現した様な美しさ・・・香り・・・リフレ~ッシュするなぁタチバナ君!」
「はいはい。満足したなら帰るよ。」
「何を言っているのかね!?折角メギストリスまで来たのだ!他にも回る店はたぁ~くさん有るぞ!」
指折り回る店を数えるテルキに、アヤタチバナは溜息を隠さない。そも、ため息一つでこの人が自重する様なら彼女はこんなにも苦労していない。
「わかった。わかったとも!次は何処に向かうのさ。」
この際だから、自身も買い物を楽しもうと切り替える。
そうして、店を後にしようとした所で。
「あの!」
声を掛けられた。
二人がそちらに視線を向ければ、立っていたのは先のメイド二人。
「先程はありがとうございました。改めて、お礼を申し上げます。」
揃いのフレアスカートの裾を摘み、優雅に一礼する。
「私はサリッカ。」
「私はサリッサ。」
「さる奥様にお仕えしております。」
優雅な自己紹介に、アヤタチバナは感嘆の息を吐く。
「いやなぁに!冒険者としてとうぜぇ~んの事をしたまでだとも!」
「特にそちらのエルフのお姉さまが割って入った時の凛とした佇まいと言ったら!」
その言葉に、胸を張っていたテルキが盛大にズッコケる。
一方自身が話題に上がるとは思っていなかったアヤタチバナは2、3度瞬きを繰り返す。
「それはどうも。まあ、馬鹿師匠が起こした騒ぎをどうにかするのも弟子の仕事なのでね。」
「分かります!奔放なお方が雇用主ですと色々と振り回されて大変ですよね!」
「この新作も、無理を言ってこれ程用意してて。殆どは通販で済ませるのですけれど、奥様は龍行『りゅうこう』の最先端で居たいと、度々こうやって買い出しに出されるのです。」
華々しい女性達が身上の苦労話に花を咲かせる。よくある光景だが、いかなテルキと言えど、流石にコレは居心地が悪い。と言うか、流石にアヤタチバナの口から自身の失敗談が出始めた辺りで分の悪さを感じた。
「ごほーんゴホン!んっん~そ、それで?君達はお礼を言うために態々私達を待ってたのかね?」
「あ、そうでした!えっと、コチラを!」
そう言ってサリッサがポケットから取り出したのは地図とメモ用紙。それをアヤタチバナの手にしっかりと握らせる。
「では、もしお時間があれば、是非いらして下さい。」
「奥様も話が通じそうなお方がいらっしゃれば喜ぶと思いますので。」
予定が詰まっているのか、それだけ伝えると再び一礼した後に大荷物を抱え足早に立ち去ってしまう。
「ぬ?君達待ちたまえ!」
声を上げるものの、メギストリスの雑踏に阻まれ、その後ろ姿は瞬く間に見えなくなってしまう。
肩を竦めたテルキが黙るアヤタチバナの方に視線を向ければ、彼女は受け取った地図を開いて難しい顔をしていた。
「フゥ~ム?これはゴブル砂漠周辺の地図かね?あそこは砂嵐が厳しくて苦手なんだが。」
「私も服の隙間に砂が入って苦手だね。こっちのメモ用紙は・・・」
後ろから覗き込んでいたテルキと、次のメモ用紙を開くアヤタチバナ。不可思議な地図とメモに少々目が輝いているのは、やはりこの二人も冒険者である事を伺わせる。
「ん?うん?」
「これは・・・」
記されていたのはとある採掘坑の場所とそこからのトロッコのレールの切り替えポイントの説明。
「ふぅーむ!つまりこれは・・・カルサドラ火山に住む奥方からの招待状と言う訳か。流石セレブは住む場所も一味違いますぞ!」
「・・・え?」
テルキの言葉に、思わずアヤタチバナは聞き返す。確かにゴブル砂漠からカルサドラ火山は見える場所にあるが、断言するほどの材料が彼女には分からなかった。
「なんでカルサドラ火山だと?」
「うむ!香水で隠してはいたが、ほんのりメイドの2人から硫黄の香りがしてましたな!あそこは活火山だし、薄手のメイド服な事も納得だろう?」
土産物は日持ちするコロンやお香が良いかなぁ!
そう語り続けるテルキを見て、アヤタチバナは気付かれないよう微笑む。
確かに、テルキは彼女と違って剣も振るえなければ、湿度の高い言動は人好きされる性質ではないかも知れない。
だが、こう言った気配りが出来ない人間ではないのだ。
しかも回復ついでにバイキルトまでかかる。
・・・話が逸れた。
だからでこそ、文句こそ言いつつテルキを『師匠』として仰ぐ。
この男は、『僧侶』としては実に遺憾ながら、優秀なのだから。
・・・内心、その目利きを周囲の感情の機微に向けてくれとは思わなくは無いが。
なお、カルサドラ火山に出向いたテルキが彼龍【ブライドン】と謁見し、泡を吹いて倒れるのは、また後日の話である。