「まだ悩んでいるのか?」
「ピオン・・・」
翌朝、ルシナ村はずれに有る迫り出した岬でムジョウは思案に耽っていた。
そこに声を掛けたのは、黒主体の動き易そうな軽装を纏ったオーガの男性『キャンピオン』だった。
「いやーずっと考えてるけどわっかんねぇ。俺達がこの村を作った事と祭りがどう関係するんだ・・・?」
ガシガシと逆立った髪を掻き毟り、大地に寝転がるムジョウ。
元来、自分はこう言った頭を使う事が苦手なんだとぼやく彼を見下ろし、キャンピオンは助け舟を出す事にした。
「何かを憶える時、ムジョウ、君ならどうする?」
「うん・・・?大事な事なら、思い出し易いようにセットで覚えたり・・・ああ、故郷の村だとかず数え歌ってのがあったなぁ。」
懐かしそうに目を細めるムジョウに、キャンピオンは口角を僅かに上げる。
「そうだ。ただ言葉で話されるだけより、そうやって紐付けて伝えられる方が人の記憶には残り易い。」
岬から見える村の様子を指す。
偽の太陽が沈んでから二年。海岸線は少し村に近寄り、所々では赤茶けた大地から緑の姿が見える。
「傷は、時間が癒してくれる。だが、同時に時の流れは人の記憶も残酷に攫って行ってしまう。」
アスキス、団長。他にも、あの戦争で散って行った仲間達の顔がムジョウの脳裏を過ぎる。
そうだ、彼等の魂が安らげる様に、自分たちはここに残った。
彼等の事を、あの戦いの記憶を、後の世に残して。・・・同じ悲劇を招かない為に。
「その為に、皆の記憶に残る様な行事があれば。」
これでは殆ど答えを言っている。
教え上手なキャンピオンは、普段であれば自分で考えさせる為に、遠回しなヒントを出すだろう。
自身も無意識に何か動きたいと思っているのかも知れない。そう考えて、少し自嘲しながら笑う。
薄く笑うキャンピオンと、自身の記憶にある『ある日のシャクラの笑顔』がムジョウの中でパズルのピースを嵌め込んだ様に合致する。
冷静沈着なキャンピオンと豪快かつある種無神経なシャクラでは似ても似つかない。
それでも、纏うその雰囲気がそう感じさせた。
立ち上がり、服に付いた埃と若葉を払い落とす。
そう言えば、禿山だったこの岬にも、すっかり緑が芽吹いている。少し思考を脱線させながらも、立ち上がったムジョウは、すぐ様村の方へ駆け出す。
「ありがとなピオン!ぜってー良い祭りになるぜ!」
あの山にでっかい太陽の標とか塗るか!
そう叫びながら村への道を駆け下りるその背を、キャンピオンと青空、そして燦々と輝く太陽が穏やかに見詰めていた。
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「そうして、在りし日の御開祖様と魔王との闘いに見立て、4年に一度、この大鉈でぬしさまを狩るお祭りをしとるわけじゃよ。」
「なるほどなぁ。」
初老のウェディの男が話を締め括る。
蒼海臨むド田舎【ルシナ村】で、話を聞いていたのは、捻り鉢巻きを額に巻いた筋骨隆々のウェディの男性。そしてその横で赤子を抱くウェディの女性であった。
「しかし昔はいくら聞かせようとしてもすーぐ外に逃げてたお前がワシの話を聞きたがるとはなぁ。」
「まあ、ソウラが産まれて、今年の祭りであいつと戦うってなった時に、俺が親父の歳になった時に、ソウラやその息子に聞かせてやりたくなってなぁ。」
「カッカッカ!無愛想と朴念仁を煮詰めた様な息子が!一丁前に父親の顔をしとるわい。」
真剣に語ったにも関わらず笑い飛ばされた事に思わず眉間に皺を寄せそっぽを向く。
が、視線の先にあった妻の笑顔と穏やかに眠る赤子を視界に収めると、その皺はほぐれる様に消え去った。
「父親か・・・御開祖様ってのもこんな気持ちになってたのかねぇ。」
「さてなぁ、シャクラ様に妻子が居たなんて記憶は残っとらんが、それなりのお歳だったはずじゃからのう。」
詳しく聞こうと男性が身を乗り出しかけた。それを外から響いた声が制する。
「ぬしさまが来たぞーーーーー!!!」
その声にウェディの男性が目を丸くする。
「・・・おいおい、予想じゃ明日じゃ無かったのか?」
「なーに、あちらさんも祭りが楽しみって事じゃろうて。ほれ、四年に一度の大役じゃ、気張って嫁さんに良いところ見せて来い!」
老人に背を叩かれ隣を駆け抜けた男の背を、女性は視線で追いかける。
カラカラと笑う老人と、珍しく慌てる夫に愉快そうに笑う女性。
在りし日のルシナ村でムジョウが向けられたそれに、勝るとも劣らぬ穏やかに見守る輝き。
女性の首元で無骨なネックレスが揺れる。
輝くは青い蒼い『アズライト』の原石。
燦々と輝く真の太陽と突き抜けた様に広がる青空。
数多の光が、輝きが、駆け下りて行く彼らの背中を昔も今も変わらずに見守っているのだった。