離宮攻略作戦の拠点「えぐみ」
その一室で雷が弾ける様な派手な音が響く。
「大丈夫かナー?」
離宮内を伝令として走り回る途中、一度この場所まで戻っていたウェディの女性『アダマス』は、思わず部屋の中へ声を掛ける。
煙の中から辛うじて這い出て来たのは桃色の長髪と、その髪を纏めるサークレットが印象的な男性『ブラオバウム』
同じ潜水艦でこの場所へと突入した者同士面識が有った二人だが、その後ろからヨロヨロと歩み出て来た見覚えのない人影に、アダマスは小首を傾げた。
「んー?そちらは初めましてかナー?」
「ケホッケホッ・・・ブラオバウムさん、やっぱりこれ無理が有りますよ・・・」
咳き込むのはウェディの女性。フードの付いた服『アサシンコート』を身に纏っているが、爆発で飛ばされたのか今はフードが脱げ、その相貌があらわになっている。
「あ、初めまして。私はねむネコと申します。」
「アダマスだヨー」
爆発によってごちゃごちゃになった部屋を他所に穏やかに挨拶を交わすウェディ二人の横で、ブラオバウムは部屋の様子を観察しながら物思いに耽っていた。
「やはり、私が出力と調整を両方行うのは難しいですね・・・とすれば、他の方に・・・」
「これは聞こえてなさそうだネー」
どうしたものかと様子を見守っていた二人。
気付かずに黙々と考え事をしていたブラオバウムは、一拍おいて黙った後に顔を跳ね上げる。
「これなら行けそうです!」
拳を握り、弾けるような笑顔で叫んだブラオバウムは、そのまま誰かを探すように駆け出す。
突然の奇行を只々見送った二人は、一拍置いて顔を見合わせると、どちらとも無く肩を竦めるのだった。
「城が発進すると同時にお手伝いしていただきたいのです。」
二人と一方的に別れたブラオバウムが訪れたのは、真っ赤な衣装を纏った女性と、理知的なモノクルが目を引く男性の二人組の所だった。
『みみみっく』と『ソーリス』。主従である事以外他の冒険者との交流を避けている様に見えたこの二人は、突如現れたブラオバウムに半ば拝む様に頼み込まれていた。
「まあまあ、先ずは順を追って話をするべきじゃろう?」
突然のブラオバウムの行動に固まるソーリスの為か、みみみっくが順序立てての説明を求める。
「おっと、これは失礼しました。掻い摘んで説明するとですね・・・」
照れ笑いを浮かべ、第二次侵攻の切り札となる作戦の説明を口にするブラオバウム。最初こそ物珍しそうに話を聞いていた二人の表情はその説明が進むにつれて引き吊り、強張って行った。
「とまあ、一枚一枚城郭を突破するのではラチが開かないので、ここはいっそ一足飛びに、呪文でぶち抜いて仕舞おうと言う事になりまして。」
とんでも無い作戦内容を語ってのけるブラオバウムはいつもの朗らかな笑顔を浮かべている。だからでこそ話を聞いた二人にはそれが荒唐無稽な夢物語では無く、本気で実現しようとしている作戦だと言う事が伝わった。
「極大消滅呪文程の合成魔法ともなると、やはり私一人で出力と合成まで行うのは難しいので、魔力の出力をお二人に頼みたい次第です。」
朗らかな空気を収め、深々と頭を下げるブラオバウムに対して顔を見合わせる主従。
視線が絡み合い、意思を交換させる。言葉無く語り合うその姿は年季の入った信頼を無言でありながら雄弁に語る。
「ま、いいじゃろ。妾達であれば力を貸すわいな。」「うむ、余達の力を示す良い機会じゃのう。」
「おお!助かります!では、詳しい説明をするので付いて来て下さい。」
胸を撫で下ろし顔を上げたブラオバウムはすぐ様いつものにこやかな笑顔に戻ると率先して歩き出す。
「それで良かったのかのう?」
ソーリスの問い掛けにみみみっくは愉しくて堪らないと言わんばかりの表情で頬に手を添えた。
「魔法の新しい使い方は興味が有るからのう。あとはまあ・・・」
一度主人で有るソーリスの方へとチラリと視線を向けた後、小さくなって行くブラオバウムの背中へと視線を向ける。
「一応、あの魔導師と同乗してた冒険者には借りがあるわいな。」
深海の前哨戦。オセアーノンに組み付かれた時、ギブが提案した作戦を真っ先に理解して実行したのがあの桃髪の優男だと知ったのは後の事だった。
「まあ今しばらくは冒険者として振る舞った方があの魔公子とやらの観察も出来るじゃろ。」
怪しげに笑ったみみみっくとソーリスの方へと、振り返ったブラオバウムが声を掛ける。
「どうしましたかー?」
「いや何、頼りになる冒険者ばかりで心強いと思っていただけわいな。」
歩み出す主従。その腹の底。真の狙いは未だ底が窺えず。
それぞれの思惑を大樹は抱え。
離宮の夜がやって来る。
進撃再開まで、後39時間・・・