丑三つ時。
草木も眠るとエルトナで喩えられる時刻。
静寂に包まれる海底離宮。その暗がりを走る数人の影があった。
「良かったのか?勝手にこんな行動を・・・」
「良いんだよ!若様は慎重過ぎる!魔博士共の研究完成を待てなど、10年前の大戦での勇ましい前王を忘れたのかと!」
「・・・10年前の時は俺達ガキで戦場での様子なんて知らないだろ?」
静寂を壊すまいと、小声でやりとりをしながら離宮の暗闇を走るのは四人の若いリザードマンの兵士だった。
若いながらも足音を立てず素早く行動する様は、彼らを教導した者の優秀さが見て取れる。
「知らねぇぞ、ヤーゲル様にバレてまた拳骨喰らわされても。」
「大丈夫だ。まさか奴らもこんな真夜中に城の真上から襲撃に入られるとは思わないだろ!」
自信満々に語り先頭を走る若リザードマン達のリーダーがドヤ顔で語る。
彼等の進む先には断崖絶壁。渓谷の高台から滑空し、上から夜襲を仕掛ける。それが彼等の考えた『必勝策』
「よし行くぞ!旅の扉を破壊して奴らの補給線を破壊してやるんだ!」
気力充分。駆ける勢いそのままに、仲良く四人並んで崖下に向けて身を躍らせ
氷壁呪文“マヒャド”
「と!?」
「か!?」
「げぇ!?」
「おどごぉ!?」
何かに盛大に激突し珍妙な叫びを上げた。
突然出現したのは鏡面の様に美しい氷壁。
強かに打ち付けた鼻先を抱えのたうつリザードマン達の背後から足音が二つ近付いてくる。
真っ先に気付いたリーダーのリザードマンは痛みを堪え仲間達を庇う様に立ち上がった。
「今晩は~良い夜ですね。」
「ねむネコ、そんな呑気な挨拶では、あちらも困ってしまいますよ。」
現れたのは二人の冒険者。フードを深く被ったウェディの女性『ねむネコ』
彼女の言葉を呑気な挨拶と語った女性。こちらは丸い帽子を被った『め~た』
「ッ・・・!」
立ち塞がったリザードマンは思わず生唾を飲む。
揃って口元をマスクで覆っていて表情が読めない。だが、それ以上に威圧感を感じるのは二人が揃って手に持った武器。
弧を描く刃先に子供の身の丈程はあろうかと言う長い柄。
未だ世間では馴染みの薄い『鎌』と言う武器。
剣や斧とは違う、『刈り取る』事に特化した形状が不気味さを際立たせる。
「さて」
目元に笑みを浮かべてめ~たが鎌“ワルキューレ”で大地を叩く。それだけにも関わらず、リザードマンはビクリと大きく肩を跳ねさせた。
「私達はあくまでも警備をしていただけですので、このまま引き返すのであれば追う事はしません。」
興味も有りませんし。そう続けるめ~たの横で頷いていたねむネコが言葉を引き取る。
「私も出来ればこの場所をゆっくり調べたいので、決めるなら早めにする事をお勧めしますよ。」
その態度と歯牙にも掛けないと言わんばかりの言動に、若リザードマンのプライドが刺激された。
恐怖も、威圧感も全て無視して、背の武器を抜き放ち、翼に限界まで力を込めて羽ばたく。
『獲った』
会心の飛び込みにそう確信する。敵は未だ武器を構えてすらいない。今からでは間に合わない。そう思い、武器を振り下ろす。
氷壁呪文“マヒャド”
だが、その確信は淡くも砕け散る。ねむネコが呪文と共に指を軽く動かせば、先程も自分達が激突した氷壁が絶対的な壁となって立ち塞がる。
「っく・・・まだッ・・・!?」
立ち上がり距離を取ろうとした若リザードマンの首筋に背筋が凍る様な刃の冷たさが添えられる。
「ありがとう『スメシ』」
め~たに呼ばれたのは『しにがみのきし』だった。ピタリと首に斧を当てたまま静止した鎧姿は、雰囲気も相まって凄まじい迫力を醸し出す。
「最終通告です。お仲間共々、帰ってくれますね?」
笑みを浮かべてこそいるねむネコの影からゴボゴボと泡立つ様な音と共に、がいこつの死霊が這い出てくる。
ペタリ。足元に触れた感触はがいこつのいてつく様な掌。
背筋凍るその感覚に、若リザードマンは今度こそ完全に心を折られた。
「お、おたすけぇー!」
脱兎の如く駆け出す若リザードマンのリーダーに、様子を見ていた他のリザードマンも慌てて追いかける。追撃する様子の無いねむネコにめ~たはおずおずと質問を投げ掛ける。
「逃してしまって良いのですか?」
「いやぁ・・・貴女の前で魔族を攻撃するのは・・・ねぇ?」
何とも言えない表情で頬を掻くねむネコに一瞬眼を見開いため~たは慌てて視線を逸らす。
「ま、まあ私も無益な殺生はしたく有りませんから。」
会話を切り上げてさっさと巡回に戻ろうとするその態度に、影へと溶けて行くスメシはやれやれと首を振るのだった。
草木も眠る丑三つ時。
歩むは死霊とその主人達。
夜明けはまだ遠く。
進撃再開まで、あと31時間・・・