「やっ!はぁ!せぇーーい!」
早朝の澄んだ空気に気合いの篭った叫びが響く。
離宮攻略の拠点である大樹の城から少々離れた小高い丘。そこでは小さな二つの影が次々と攻守を入れ替え組み手に励んでいた。
「その攻めは見飽きたわよ!」
「なんの!まだまだぁ!」
拳と蹴りがぶつかる乾いた音が清涼な朝の空気に溶けて行く。
一際大きな音と共に一度距離を取った二人は、互いに構えを解くと大きく息を吐いた。
「疲れは残ってなさそうね。ライティア。」
「デブニちゃんこそ、そんなに動いて大丈夫なの?」
何も知らない人が聞けば、あれだけの組み手をしておいて何を言うのか。そう呟くだろうやり取り。
だが、この程度の鍛錬など彼女達にとっては文字通りの朝飯前。
「あ~でもやっぱり私も前線に行きたいよ~!」
「うふふ。だーめ。ちゃんと休むのも戦いの内よ~」
黄色の道着に長い髪を高い場所で結った人間の少女『ライティア』が年相応の口ぶりで文句を口にする。もっともその内容は年頃の少女のそれとはやや離れた物だったが。
そのライティアよりもさらに小さなプクリポの女性『デブニ』がライティアを嗜める姿は姉妹がじゃれ合うかの様な微笑ましさが感じられる。
「お、嬢ちゃん達は朝から鍛錬か。」
「大統領!おはよーございまっす!」
「おお、元気で良いなぁ!相変わらずちょっと違うけど!」
ガシガシと乱雑にライティアの頭を撫で回すのはツンツンの頭髪をバンダナで纏め上げた人間の男性。
冒険者達の命綱にして橋頭堡「えぐみ」建築の陣頭指揮官、もとい現場監督の『ロマン』その人だった。
「やーめーろー髪が崩れる~!」
豪快に笑うロマンと撫で回されるライティアの姿はデブニとライティアの姉妹に似た様子とは異なる微笑ましさを醸し出す。
「棟梁は何しに?もしかして私達の組手に混ざりたいとか!?」
「ハッハッハ!魅力的な提案だけど遠慮するぜ。俺っちは気分転換の散歩だよ。」
一通り撫で回して満足したのかその手を離すロマンと、さながら猫の様に頭に両の手を置き、威嚇するライティア。
敵陣の真っ只中、それも戦争を仕掛けようと言う時にまるで庭先を歩く様に散歩すると言う。呑気とも取れるその行動はロマンの器の大きさ故だろう。
「元気なのは良いが、朝食後には俺っち達の仕事を手伝って貰うからな~!」
ちゃっかり手伝いを頼むその態度に、食えない相手だと内心デブニは嘆息する。
手を振りながら去ったロマンを見送り、切り替えるように息を吐いたデブニはライティアに向き直る。
「それじゃあ、朝ご飯前にもう一勝負、行ってみましょうか?」
拳を正眼に構えたデブニの言葉に、頬を膨らませロマンの背中を見ていたライティアもそちらに向き直る。
「ふふふっ!負けても恨みっこ無しだよ?」
「あら、ライティアこそ負けて泣きべそかかないでよ?」
お互いに拳を構え、笑みを浮かべる。
先程の姉妹の様なそれでは無い。さながら好敵手“ライバル”どうしの睨み合い。
暫しの静寂が周囲を包み込む。
「・・・ッフ!」
「やぁ!」
短く吐き出した気合いと共に、お互い一足で間合いを詰める。
空の袋を潰した様な軽い炸裂音が次々響く。それは一つ一つが直撃すれば勝負を決する必殺の拳。
数秒の間に優に数十回は拳と蹴りを交錯させた二人は乾いた音と共に再び間合いを開く。
「ライティアお腹空いてるでしょ。拳に力が乗り切ってないわよ?」
「だってぇ~朝ご飯前だもん・・・」
ガックリと項垂れるライティアのお腹が切なげに鳴く。
素人目には高レベルに見える組手、だが本人たちからしたらまだまだ満足出来ない物なのだろう。
暫し首を捻っていたデブニは何か思い付いたかの様に可愛らしいお下げを跳ねさせた。
「それじゃあ、先に一本取った方が朝ご飯のおかずを一品貰えるって言うのはどう?」
口角と掌を上げて挑発するデブニに、ライティアは楽しげに応じる。
「食べ物がかかった私は怖いよ?」
「私が今更ライティアを怖がる訳無いでしょ?」
デブニの提案でライティアの気迫は先程よりも一段強くなる。
軽口を交わしながらもじわじわと間合いを詰める。
二人にとってはいつもの朝稽古。それでも、その気迫は常日頃から交わしている様な惰性は感じられない。
「それじゃあ・・・」
「・・・行くよ!」
今朝何度目かの組手が再び始まる。
拳が、蹴りが、唸りを上げ清涼な空気を切り裂く。
離宮攻略戦二日目。
朝稽古をする二人には、戦場に居る事の気負いは無く。
この非日常もまた、冒険者にとっては日常の延長線でしかない。
「あーさーごーはーんー!!!」
それを感じさせるライティアの気が抜けるような『一喝』が、離宮の朝に響き渡った。
進撃再開まで、あと28時間・・・