食器同士が奏でる音と、誰かも分からぬ声。時折聞こえる笑い声。
それらが交錯する、夕暮れの食堂。
もっとも、海底であるこの離宮では、夕陽の輝き等拝めるはずも無く。
空気感だけが夕食の席である事を声高に主張する。
「はぁ・・・」
そんな楽しげな食事の場の一角で、似つかわしくない溜息を吐いた少女が居た。
大輪の花飾りを髪に刺したエルフの少女『ユウリ』は、手元の味噌汁を一口飲み、再度溜息を吐く。
「なーに黄昏てんのさ。」
そんな彼女の額を、デコピンが一つ襲う。
突然に衝撃に薄っすらと涙を浮かべながらユウリが目線を向ければ、呆れた表情でこちらを見据える友人と目が合う。
ユウリとは対称的な黒を基調にしたエルトナ様式の衣装に身を包んだエルフの少女『マシロ』
「お互いかなり魔力と集中力を使ったんだ。夕飯ぐらいしっかり食べな。」
目線とは違い、穏やかでこちらを気遣う言葉。
友人の優しさを感じつつ、頷いたユウリは碗盛られた白米を口に頬張り。
「愛しのソウラ様の救援、なんで立候補しなかったのさ。」
マシロの奇襲“痛恨の一撃”に思わず喉に詰まらせそうになった。
「マ、マシロちゃん!!!」
真っ赤な顔で友人に抗議の声を上げる。
その朱の原因は、無理に食事を呑み込んだからだけでは無いだろう。
可笑しそうに笑うマシロを見て、からかわれていると分かりつつもなお頬は赤くなってしまう。
「だって、私達は旅の扉を見てなくちゃいけないし・・・それに別に・・・別に・・・」
辿々しく言葉を紡ぐ。
「別に、ソウラ様の事は・・・そう言うんじゃ無いもん。」
指先を弄りながら真っ赤になって言っても何も説得力が無い。
そんな言葉が喉元まで出かかったマシロは、何とかそれを飲み込む。
机越しに手を伸ばし、ユウリのその絹の様な髪を撫でる。
「マシロちゃん?」
「なーに、ユウリは頑張ってるなーって思って。」
笑うマシロの意図が掴めず、先程とは別の意味で右往左往する。
「それなら、さ」
頭から手を離し、穏やかに言葉を紡ぐ。
これは、友人に向けたエールの言葉でも有るのだから。
「次会った時は、アンタがどれだけ活躍したか教えてやりな。この大規模な作戦で、これだけの大仕事をやり遂げた!ってね。」
ユウリから伝え聞くソウラと言う男が、イメージ通りの男であれば、目を輝かせ話を聞いてくれるだろう。確信を持ちながら、マシロも箸を手に取り、食事に口を付ける。
自分以外と楽しげに話すユウリ、と言う構図は、少々嫉妬を感じなくは無いけど。
その想いを自らの食事と共に呑み込むと、再び悪戯娘めいた笑みを浮かべる。
「ま、ユウリがちゃーんと、ソウラ様に自分の話を出来れば。だけどね~。」
その言葉に、持ち直しかけていたユウリの表情が、再び真っ赤に染まる。
二人で話をする事を想像しただけでコレとは、先は長そうだと、マシロはクスクスと笑ってしまう。
だが、マシロにとって想定外な事が有った。
冒険者同士の共同生活で、ほんの少しだけ、ユウリも強かになっていたと言う事が。
口をへの字にして頬を膨らませていたユウリが、思い出したとばかりに言葉を紡ぐ。
「マシロちゃんだって、あのエルフの女の人にほっぺチューされて真っ赤になってのに。」
頬にキス
その一言で、あの出来事がフラッシュバックする。
肩に回された、エルフの女性にしては力強い腕。
何処か艶を感じる、こちらを褒め労う言葉。
そして頬に一瞬当たった柔らかくて暖かい感触。
全てが思い出され、マシロの顔が先程のユウリとは比べ物にならない程赤く染まる。
「あ、あんなんいきなりされれば誰だって驚くだろ!?」
思わずキスされた頬を両手で覆い席から立ち上がる。食事時故僅かな視線を向けられただけで済んだのは幸いだったと、後のマシロは考えただろう。
「驚いたけど、満更でも無かったんだよね。」
ユウリの追撃は止まない。
楽しげな様子で追及を続けるユウリに、マシロの顔の赤色はなおも濃くなって行く。
「~~~~~!」
「ホウホウホウ・・・」
遂に声にならない悲鳴を口から漏らし始めたマシロと、頬に手を当ててうっとりとそれを眺めるユウリ。
「そろそろ止めた方が良いのでは?」
普段の二人とはすっかり逆転したやり取りに、遠巻きに様子を伺っていたアスカが同じ卓を囲むロスウィードに提言する。
「何、気にしないでも大丈夫だろう。」
チラリと一瞥しただけで、ロスウィードは自らの食事に戻る。
「仲が良い証拠だ。それに、彼女達の地元では、こんなことわざも有るそうだぞ?」
“痴話喧嘩は犬も食わない”
再びからかわれたのか、照れ隠しの悲鳴が食堂へ響き渡るのだった。
進撃再開まであと15時間・・・