「眠れないのか?」
石畳を靴が叩く硬質的な音。
思考に没頭していた事に気付かされる。
「それはこちらの台詞ですよ・・・ロスウィード。」「ふむ、そう言われると弱いな。」
お互い様と言う事で手打ちとしてくれ。そう笑う人間の男性『ロスウィード』に釣られ、声を掛けられたウェディの女性『アスカ』も笑顔を浮かべる。
「考え込んでいたようだが、何か不安でもあるのか?」
鎧を軋ませ、煉瓦造りの外輪へ体重を預けると、アスカへの質問を投げ掛ける。
表情に出てたかと、少々歯噛みする。一応、顔には不安を出さないよう気にしていたのだが。
「そうですね。こんな大きな作戦ですから、緊張して寝れなくて。」
夜風に当たって考えを整理していました。
横顔しか見えないロスウィードに、アスカはそう言ってはにかむ。
暫しの沈黙が二人の間に流れ、結果に波がぶつかる遠鳴りの音色だけが奏でられる。
「気負っていても仕方ない。」
「・・・え?」
「何、深々と額に皺を刻んでいるが、戦いになる前にそんなに考えても仕方ないだろ。」
事もなげに言い放つロスウィードに、アスカは少々唇を尖らせる。
「そう割り切れたら苦労しません。」
拗ねたように腕を組み、えぐみの縁に体を預ける。
常々ピアノ線を張ったような軍人らしい緊張感を出して居るアスカが、この様に素で話すのは珍しい。
薄っすらと口角を上げたロスウィードは、コツコツと数歩歩んだ後、背中越しにアスカに言葉を投げ掛ける。
「なら、割り切らずに気を張り続ける手も有る。」
「・・・え?」
先程とは真逆の提案をするロスウィードに、アスカは思わずロスウィードの背に視線を向ける。
「緊張し続けて、常に戦場に思考を巡らせ続ける。軍人として、冒険者達とは違った視点を持ち続ける事。」
「それは・・・」
常に気を抜くな。言葉にしてしまえば簡単だが、それを実行するには並大抵では無い集中力が求められる。
「奔放な冒険者達の混成部隊だ。そう言う視点を持った奴が一人二人居る方が、案外纏まるかも知れないぞ?・・・もっとも。」
それをアスカが出来るかは別問題だが。
挑発的なロスウィードの言い回しに、穏やかなアスカでも少々カチンと来た。
「良いですよ。その挑発に乗ってあげます。」
挑戦的な笑みを浮かべ立ち上がる。
負けてたまるか。
そう自らを奮い立たせ、立ち止まっていたロスウィードの横を通り抜け城の中へと歩を進める。
アスカのその背を見詰めて、ロスウィードもまた笑みを浮かべるのだった。
「皆さん、おはようございます!」
アスカのよく通る声が響く。
数多の目線を感じながらも、その気丈さは揺らぐ事無く。瞳には一際強い意志の光が見え隠れする。
奔放な冒険者達でさえ、思わず背筋を正す。
人を惹きつける、カリスマとも呼べる雰囲気。
「皆さんの協力もあって、予定通り城の改築作業が終わりました。」
三者三様。それぞれが様々な思いを秘めた瞳を持つ。それらの視線を受けたアスカは、帯剣していたレイピアを一息に抜き放ち、正眼に構える。
「ここからが、我々にとって第二の正念場。残された5日と言う時間を使い、要塞都市へと一息に侵攻しましす!」
宣誓の如く朗々と響くアスカの言葉に、ある冒険者は奮い立ち、また別の冒険者は呆れた様な笑みを浮かべ、そしてまた別の冒険者は無茶苦茶だと目尻に涙を溜める。
十人十色、一切の纏まりが無い冒険者達。
それでも、目指すべき目的は同じ。
大望を抱いた魔族の企みを挫くため。
魔族にさらわれた少女を救うため。
アスカの後ろで控えたロスウィードは、それで良いのだと口元に笑みを浮かべる。
どんな時でも生真面目な副司令は、こうして人を率いてこそその強さを持っている。
それを惜しまず使える時が、今ここなのだ。
冒険者達は奔放で、自由気儘で。
そして、だからでこそ一度結束すれば強い。
一の力を、十にも、百にもし得るポテンシャルを秘めている。
アスカが一度言葉を切り、構えていたレイピアを高々と掲げる。
「これより、機動城兵器を使った電撃侵攻を開始します!各員、持ち場へ!武運と健闘を祈ります!」
「「「おおーー!」」」
冒険者達が、ヴェリナードの衛士団が、各々健闘を祈り合いながら持ち場へと散って行く。
それを見送っていたアスカの背をロスウィードは軽く叩く。
「良い演説だったじゃないか。」
「もう、からかわないで下さい。」
本心だとも。
そう返しながら周囲を見回す。
「ここからが正念場だな。」
「ここからも・・・の間違いでしょう。」
予想外のアスカの返しにロスウィードは口角を吊り上げる。
彼等の長い1日が、今再び始まろうとしていた。
進撃再開まであと・・・