「多くね・・・?」
それが、会場入りしたミャジの第一声であった。
少々広い場所を取り過ぎたかと思われた会議場には既に多くの机が並び、気が早い冒険者によっていくつかの卓からは既に湯気が上がっている。
「冒険者を甘く見過ぎたんじゃ無いか?」
こうなる事を予見していたロスウィードは、溜息を吐きながらもテキパキと食器や飲み物の手配と分配を指示して行く。
そうしながら手元の書類も進めるのだから、彼の優秀さが窺える。
「よし。リストアップが済んだ。ミャジ、コレを分配係の人間に回しておいてくれ。」
ボードに何か書き込んでいたロスウィードが、ミャジにその書類を手渡す。
それに視線を通している間にも、ロスウィード達の元には何人もの冒険者やヴェリナードの人間がやって来る。
「ロスウィードさん!なんか外に来た冒険者が、また食材を搬入出来なくて揉めてるみたいなんですけど!」
「すぐに行く!それまで茶でも飲ませておけ!」
切羽詰まった様な呼び出しの声は窓口係のものだった。半ば怒鳴る様な声を返しつつ、ロスウィードはミャジの方を振り返ると。
「くれぐれもそのリストを頼むぞ。」
そう念押しした上で、会場入り口へと駆け出す。
それを見送り自身も歩み出したミャジは、誰に見られる事もなく・・・その口を三日月状に釣り上げた。
「ふふふ・・・ダメだなぁロス君・・・」
リストを見返す。それは、冒険者達が持ち込んだ食材のリストだった。流石冒険者と言うべきか普通の鍋では考えられない食材や・・・果ては料理が並ぶ。
「魔物の肉は魔瘴抜きを徹底する事ね。」
魔物の肉は魔瘴が多く含まれている。
ただ調理するだけでは、この毒素に侵されてまともに食べれた物では無い。
が、そこは食に対する執念だろう。
大昔の料理人達は魔瘴を取り除く調理法の確立に成功する。それにより現代において魔物の肉は「加工の手間こそある物の、食えない物では無い。」と言う位置に収まっていた。
「んで、劇物になりそうな物はこっそり省く・・・と。」
確かに食材の中には、聞いた事もない調味料や、正気を疑う様な物が所々散見される。
だが、それがどうしたと言うのだ。
コレだけの人数。無数の食材。たくさん揃った冒険者達。
穏やかな鍋パーティーで終わらせる方が失礼じゃないか!
不気味な笑顔を浮かべたまま、ミャジは受け取ったリストを握り潰す。
両開きの扉を押し開けた。部屋からは氷系呪文の魔力が流れ出し、部屋全体を冷やしていた。
「仕込みの方はどうですか?」
その部屋は、冒険者達が持ち込んだ食材の一時的な保管庫だった。
清潔にされた室内には、数多の食材や、どう見てもそのまま食べれる料理そのものまで、雑多に集められている。
そんな部屋の暗がりので、床に何かを書き込んでいた人影にミャジは声をかけた。
「準備万端です。まさか、魔物丸一頭を
持ち込む人が何人も居るのは想定外でしたが。」
そう言いながら立ち上がったのは桃髪の優男、『ブラオバウム』だった。
準備万端と言いながらも、残念そうに正面玄関の方へ目を向けているのは、搬入できなかった一部の食材・・・丸々持ち込まれた魔物達へと思いを馳せているからであろう。
先程ロスウィードが対応に向かった案件は、何も最初と言う訳では無かったのだ。
「それは仕方ないですね、本当はそっちの解体が終わってからにしたかったですが。鍋司令にも勘付かれそうなので、実行と行っちゃいましょう。」
笑みを浮かべながら、ミャジは連絡を取り合うための通信機のマイクをオンにする。
「お集まりの冒険者の皆さん!お待たせしました!」
その声が、音声通信の魔力を通り、建物全体に伝えられる。
「これよりヴェリナード主催・・・“闇”鍋パーティーを開催します!」
歓声が会場の各所から上がる。
ミャジが手回していた冒険者達が、一斉に会場の扉を閉じた。
と同時に、ミャジの横で構えていたブラオバウムから、猛烈な魔力が吹き出す。
「昼夜逆転呪文“ラナルータ”!!」
太古には本当に世界の昼と夜を入れ替えたと言うその呪文が放たれると、この会場を真っ黒な暗幕で覆い隠す。
「ぷらし~ば~し~るるるんぽぅ。」
続けて、もう一つの呪文を唱え始める。
同時に、部屋の扉が弾ける様に開かれた。
「おいミャジ!お前何を!」
異変を察知したロスウィードだ。
だが、その気付きは少々遅い。
「お鍋の中までひとっとビュン!」
呪文が唱えられる。それは、冒険者にとっては馴染みの呪文。
他転移呪文“バシルーラ”
会場内と言う非常に限定的な範囲で行使されたそれは。
会場内に居た冒険者を纏めてそれぞれの座るべき席へ。
そして食材を持ち主達が座る席の鍋の中へと飛び立たせるのであった。