「いやー酷い目にあったねぇ・・・」
未だに痺れが残る体の感覚を確かめる様に掌を閉じては開いてと繰り返す。
「まあ、あれは我々も軽率だったな。」
壁との熱烈なキスから目覚め、未だ鼻の頭が若干赤を帯びているロスウィードは、ミャジの言葉に痛みを主張する鼻頭を撫で反省点を口にする。
そんな、次の机は何処にするか考えていた二人の耳を妙な音が震わせる。
硬いものに何かを叩きつけるかの様な突き抜けた音色は、存外近くの、それこそ十数歩も歩いた机から鳴り響いていた。
「何の音~?」
その音に興味を惹かれたミャジとロスウィードは、流れのまま次の机をその場所に決める。
ヒョイと上からミャジが覗き込んだのと、ソレが起こるのは同時だった
「あ!?ミャジ様あぶな・・・」
ウェルデの声が覗き込んでいたミャジに警告を発する。
だが、それは一拍遅い。
スカーーーーーーン!
ロヒモトが持った剣がカチカチくるみに振り落とされる。
両断されたくるみの殻が、正に弾丸の様な速度で撃ち出されると、それは寸分違わずミャジの目を撃ち抜いた。
「ああああああ!?目が!?私の可愛いお目々がぁあああああ!?」
図々しくかつ厚かましい自己評価の言葉を騒ぎながら、瞳を抑えてゴロゴロとのたうつ魚娘に、冷やかな視線が注がれる。
「そいつは放って置いてくれ・・・すまないが仕事でね。少しだけ鍋を分けて貰えないだろうか?」
申し訳無さそうに一つ咳払いをしたロスウィードはそう言って差し出された器を差し出す。
アレスが具材とスープをよそう一方で、未だ大袈裟に痛がるミャジに近寄って来たのはウェルデだった。
「ところでミャジ様?」
「痛い~いたいいたい~・・・ん?どうしたのウェルちゃん?」
「私、食材を出しただけで不参加と書いたはずなのですが、どう言う事でしょう?」
穏やかな物腰のままにミャジに詰め寄るウェルデに思わず目線を逸らす。
あ、不味いコレ結構怒ってる奴だ。
「お姉ちゃんも来るでしょうからと食材を提供しただけですのに、いきなり詰所からここに飛ばされたんですよ!?」
突如目の前が暗転したかと思えば、冒険者共々鍋を囲まされていたのだ。その混乱は冒険者ではないウェルデからしたら筆舌し難い物だったであろう。
「い、いや~まさか私もバウムさんのバシルーラがそこまで届くとは思って無くてね?」
どうにか怒りの矛を収めてもらおうと、宥める様に話しかける。
その様子に、どうしたものかと息を吐くウェルデ。
「それじゃあ、詫びにこの鍋を食べると良いじゃないか。」
そう横から提案したのはロスウィードだった。自分達の鍋にそんな詫びになる様な要素など有っただろうか。そう疑問符を浮かべたウェルデだったが、悪戯気なロスウィードの視線に何か有るのだろうと察してあえて口を結ぶ。
「そ、それで良いの?」
「良いですね!皆で食べるお鍋、本当に美味しいんですよ!」
珍しく声を弾ませて同調するユウリ。
明るい笑顔は直後に自分に向けられている視線の多さに気付いてテーブルの下へと隠れてしまったが、その素の反応がより一層微笑ましく、ミャジもおずおずと手を差し出す。
「そ、そう言う事なら・・・なーんて。」
その言葉にロスウィードは口角を薄く持ち上げる。
目敏い彼は気付いていたのだ。この机の上でどうにか気配を消そうとしている人物と、その前で存在感を放つ『ソレ』の存在に。
「ああ、では一杯。残さずに食べてくれよ?」
スッと流れる様にその器を手に取る。
「えっ!?」
急に目の前から器の消えたマシロが声を上げるが、ロスウィードは意に介さず、その器・・・即ち『たいやき汁』をミャジの前へと差し出した。
「・・・へ?」
突如として目の前に出された異物に間抜けな声を上げる。
出汁の香りにたいやきの甘い香りが混ざり込む。
活け造りの様に器の淵に力無く浮くたいやきの頭がより一層の不気味さを加速していた。
「あ、マシロちゃん食べる分無くなってるよ。」
「おっと、じゃあこちらで新しくよそっておこうか。」
友人思いの無邪気なユウリの発言と、ロスウィードの意図を理解したアレスによるスマートな発言がミャジの逃げ道を塞ぎにかかる。
ロスウィードにアレス、そして楽しくなってきたのか薄っすらと笑みを浮かべるウェルデ。
気がつけば、ミャジは三方より蛇に睨まれた蛙の状態。
スカーーーーン!
ロヒモトが振り下ろす剣の音が、さながら断頭台より落ちる刃の音色に感じられ。
「・・・そ、それじゃあ・・・いただきます。」
震える声と共に、ミャジは口を開いた・・・
2杯目総評:餡子と魚の脂の組み合わせは危険。
ロスウィードの追記:白菜とネギに魚の切り身の組み合わせが理想的で非常に美味だった。