燃えるような熱気だった。
鍋で有るから、加熱しているから。
そんな当たり障りのない理由で説明が付かない程の熱気が吹き上がるのは、その机中央に鎮座する鍋。
そう、料理において外すことが出来ない味の一つ。
『辛さ』
この鍋は、まさに燃えるような・・・赤色に彩られていた。
ーーー闇鍋大会をしよう!【四杯目】ーーー
参加メンバー&持ち込み食材
ぷき“チョウチンアンコウ”
まつのり“アクロバーガー”
ねむネコ“とろけるチーズ”
りょーこ“柔らかい肉”
め~た“獄炎チリソース”
時間は少し遡る。
ブラオバウムの他者転移呪文“バシルーラ”によって飛ばされた冒険者たちの反応は大きく分けて三つに分類出来た。
1つ 何が起きたか気付かずに周囲を不思議そうに見回す者。
2つ こう言う趣向かと笑みを浮かべ、同じ机のメンバーと交流を始める者。
そして3つ・・・眼前に出現した鍋の異質さに気付き静まり返った者。
(いやぁ・・・開ける前からなんかヤバそうなのに当たったって分かるわね・・・)
冒険者にしては珍しい、アロハシャツと言うラフな服装のプクリポの女性『りょーこ』は眼前で煮立つ鍋の蓋を眺め冷や汗を流した。
目立たぬよう同じ机のメンバーを見回す。
先ず左手側には錆色にも見える深い赤のターバンを巻いたプクリポの男性『まつのり』りょーこ程では無いものの、少々表情が引き攣っている。
そしてさらにその左はまたしてもプクリポ。狼のような被り物をした少年『ぷき』こちらは鍋の様子を警戒するかの様に耳がペタリと寝込んでいる。
対してりょーこの左側。黒と赤に彩られたコート。普段は被っているフードとマスクを外し、今はその相貌も見ることが出来る。
そんなウェディの女性『ねむネコ』は、しきりに先程から鍋とさらに隣のウェディの間で視線を往復させていた。
「・・・?どうかしましたか、ねむネコ?」
首を傾げてそうねむネコに問いかけたのウェディの姿をした魔族の女性『め~た』
深い青色のロングドレスが妖しげな魅力を醸し出す。もっとも、今日はマスクと大きな帽子を外しているので、ねむネコ共々普段の妖しさが若干減じてしまってはいるが。
「いや・・・この鍋を見て焦らないのかなと。」
それは、ねむネコからの遠回しな忠告だった。
魔界の生まれであるめ~たからすれば、アストルティアの全てが異文化だ。
同じデスマスター同士、時々行動を共にするねむネコは、何かとめ~たが文化の違い故に抜けた行動をするのを目にして来たが、今回のコレはその中でも頭一つ抜けていると感じていた。
何しろこの鍋を前にして平然としているのは彼女だけなのだから。
「大丈夫ですよ。ちょっと辛いかも知れませんけど。」
ちょっと?
そんな疑問符が周囲から出ている事に気付く様子の無いめ~たは、楽しそうに自分の碗を準備している。
そして、鍋の蓋が開かれた。
先ず真っ先に目に飛び込んできたのは目にしみる様な赤。
否、しみる様な。では無い“物理的にしみる”が正しいだろう。上がる煙の中に辛味成分がコレでもかと溶け込んでいるのが何よりも自身の体の生理的反応で分かる。
特に普段甘味を多く取るプクリポの三人にこの刺激は中々強烈だった様で、三者三様ながら全員が今にも涙を流しそうな程に瞳を潤ませていた。
「な、なあめ~た君。これ、一体何を入れたんだい?」
耐えきれなくなったまつのりが思わずと言った体でめ~たに質問を投げ掛ける。
「獄炎チリソースって言いまして、良質な辛味もさる事ながら、その奥の旨味が魔界でも・・・」
興味を持たれたのが嬉しかったのか、普段の人見知りを感じさせない明るい様子で言葉を紡ぐ。
が、自らの失言に気付いたのか、言葉が途中で消え、冷や汗をダラダラと流し始める。
「魔界でも通用するんじゃ無いかって言われてる。ですよね。」
思わずねむネコが助け船を出す。
安堵の息と共に首を縦に振るめ~ただったが、そもそもこの机の面々はめ~たの正体は既に気付いている。バレていないと思っているのは本人ばかりであり、エルトナの故事に倣うのであれば、言わぬが花と言う奴だ。好き好んで他人の地雷に踏み込む奴等、冒険者でもそうは居ない。
「ささ、ですので、怖がらずに食べてみて下さい。」「まあ、そこまで言うのなら・・・」
プクリポ三人を代表して、りょーこが鍋を自分のお椀によそう。
他の二人にも順番に碗を受け取ると、それぞれのお椀に真っ赤なスープを注いで行く。
「それじゃあ、いただきます!」
「「「「いただきます(ぷっきぷき)!」」」」
緊張と、強い好奇心を感じる言葉と共に。
真っ赤に染まったスープを、五人は口へと運んだ・・・!