「そういえば、二人は何でこの具材を持って来たの?」
フルートとロスウィードの二人が連れ立って調理場の方へと何かを取りに行ったのを見送ったミャジは、待つ間の暇潰しに二人へと質問を投げ掛ける。
「いやー、持ち合わせの荷物で持って行けそうな物はコレ位だったんだよ」
水分を吸ってプルプルと揺れるコンバットレーションを箸で摘むマージンは相変わらず苦笑を浮かべていた。
「俺はスープを持って来ようと思ってたんだけど、急いでウェナ諸島と地元を往復して来たからうっかり取り違えちまって」
肩にとまったインコの頭を撫でながら、ソーソーが語った来歴に、ミャジが反応する。
「ウェナ諸島にって言い方からすると、ソーソー君の地元って他の大陸?」
「俺の故郷は大エテーネ島なんだ」
その名前に、ミャジとマージンの二人は目を丸くする。
つい先日レンダーシア内海に突如として出現し大きな話題を呼んだ孤島。それが大エテーネ島だからだ。
「やっぱそう言う反応になるよな。今の人達からしたら、突然国が一個現れた訳だし」
「あ!気を悪くしたならすまない」
慌てて謝るマージンに、気にしてないとソーソーは笑顔で気にして無いと手を振る。
「待たせたぞな」
丁度会話が途切れたタイミングでフルート達が戻って来る。その手の上には箱状の容器が乗っていた。
「うん?それって?」
「味噌ぞな もし」
“味噌”
エルトナ大陸で古くから使われる調味料の一種で、芳醇な塩味と香りから、最近では他の大陸でも広く使用されるようになっている調味料だ。
「味噌て。……まあたしかに味変にはなるだろうけど」
困惑するマージンを他所に、フルートは開けた容器からお玉で味噌を掬う。
「そもそも『鍋』と限定したのが失敗だったぞなもし」
声のトーンを変えずに、味噌を溶かして行く。
溶け出した味噌はスープへと流れ込み、ジワジワと自らの領域を広げて行く。
立ち昇る香りの中に味噌の芳ばしい香りが混ざり始める。
味噌を溶かし切ったお玉から自分のお椀によそい一口啜る。満足気に頷いたフルートはお玉を置いて宣言した。
「海苔味噌汁の完成ぞなもし」
「いや鍋じゃ無いんかい」
思わずミャジがツッコミを入れる。しかし味噌汁は湯気と共に良い香りを漂わせ、既にかなりの量を味見で食べていた筈のミャジとロスウィードですら腹の虫が鳴く。
「確かに美味そうだ。先いただきっと」
真っ先に手を出したマージンに釣られるように、他の面々も自身の器に味噌汁をよそって行く。
お椀に口をつけ一口啜れば、口腔に味噌の香りが一杯に広がる。
「しみるぅ~~~」
ミャジが長々としたため息と共に気の抜けた言葉を吐く。
「へぇ~味噌汁って言うのか。ただ調味料を加えただけなのにこんなに印象が変わるんだな。」
「ふむ?」
先程まで離席していたロスウィードが不思議そうに眉を上げる。
確かにエルトナ食は独特だが、世界中に広まっている事から初めて食べたかのような感想に違和感を感じたのだろう。
「コイツ、例の大エテーネ島から来たんだってよ!」
その疑問に気付いたマージンがソーソーの肩を抱いて笑う。
先程のミャジ達の様に大エテーネ島の名前を聞いて目を丸くするロスウィードだったが、同時に成る程と納得した様に頷く。
「大エテーネ島はまだ行った事がないぞな。良ければどんな場所か教えて欲しいぞなもし」
「そうか?そしたら先ずは王都キィンベルだな。広いのも有るけど路面と水路がすっげぇ整備されててな……!」
見ず知らずの土地についての話をしながら、時折味噌汁に口を付ける。味噌の味わい深さと磯の香りは不思議な安心感を覚えさせてくれる。
あるいはそれは故郷を思い起こさせる懐かしさなのかも知れない。
「結局三人で解決して三人で盛り上がってるね」
時折聞き覚えのない単語が出ると、それについて質問をして、知見を広める。
未知への探究心の前では、年齢も時代も飛び越えるのだろう。今日初めて出会った筈の冒険者同士でありながら、笑って言葉を交わし食事を取る。
「冒険者らしいが、我々が主催したこの場が一因で有るのは、悪い気はしないな」
もう一口味噌汁を啜って、ミャジは深々と息を吐く。それが同意の証だった。
「後はまあ、こっちの都合だけどさ」
胸一杯に味噌の香りを吸い込んで嬉しそうにしながら、ミャジは言葉を続けた。
「正直お腹がだいぶ膨れてたから、汁物助かったよね……」
「間違えても三人の前では言うなよ」
しみじみと語ったミャジに、ロスウィードは渋々ながらも同意するのだった。
七杯目目総評:国外から士官してきた人員の為にも、城の食堂にウェナ以外の地方料理レパートリーを増やすように提案してみようと思う。