薬は毒にもなる。逆もまた然り。
強力な物は得てして使い用が難しい。それは、冒険者にとっての強力な技しかり、世界を焦がすような大呪文然り。強大な物である以上目を背けることは出来ない命題である。
……鍋の話で有るのに何故そんな話を?
そう考えるのも分かる。
一個一個は小さな出来事でも、集まり歯車が噛み合えば、大きな神カラクリをも動かしうるのだ。
これは、そんな不幸な噛み合わせが生んだ。
『劇物“なべ”』の物語……
ーーー闇鍋大会をしよう!【八杯目】ーーー
参加メンバー&持ち込み食材
いももち “いももち”
アヤタチバナ “世界樹の葉”
カザネ “バランスパスタ”
クックルー “肉団子”
ラックシード “新鮮茸”
「ぐ、ぐあああ!?」
男が悲鳴を上げる。手を天に掲げて、もう一方の手を首に当てるその姿は、さながら毒を盛られ悶える玉座の王。
「ぐふっ……」
お約束の断末魔と共にばたりと机に突っ伏したウェディの男の名は『ラックシード』
さながらサスペンス映画のワンシーンだが、直後に彼の体を光が包み込み、その光が収まるとケロリとした様子で上体を起こした。
「美味い!」
あっけらかんと笑顔で言い放つラックシードへ向けられるのは懐疑の視線。アレ程の絶叫を上げた以上当然の反応だった。
「うーん、どうも世界樹の葉とコイツが持ち込んだ何かのキノコの食い合わせが最悪だったのが原因っぽいね」
具材を確認しながら眼鏡を光らせるエルフの女性『アヤタチバナ』は興味深そうにラックシードの状態を観察している。
「でもさ~アヤさんもこんなイベントに世界樹の葉なんて貴重品よく持って来たよね~」
純粋な感心が籠った言葉を呟いたのはまだ歳若い人間の少年『いももち』
彼の言葉にバツが悪そうに頬を掻いたアヤタチバナは、ソッポを向いてボソボソと弁明の言葉を吐いた。
「僧侶なんて仕事してると結構報酬で渡されたりするんだよ。けど、私なんかは自前のザオ系の方が確実だし、かと言ってそう簡単に人に渡す事も出来ないから、ドンドン溜まって来てさ……」
魂を肉体に呼び戻すと言う凄まじい効能を秘めた世界樹の葉は、個人による取引が強く戒められている。特殊な状況でもなければ譲渡が認められていないのだが、故にアヤタチバナは大量に溜まったそれの処理に困っていたのだった。
「でも、実際コレどうするんだい?」
話の軌道を修正する為に鍋を指差したのはワイルドな服装に対して理知的な眼鏡と目線が印象的なエルフの男性『クックルー』
彼の言葉で机の面々の視線は再び鍋へと注がれる。
「間違いなく生き返れるなら安全ですし、みんなで食べちゃいます~?」
とんでもない事をのんびりと言い出したのは『山伏』と呼ばれる修験者が被る帽子『頭襟』を被ったた人間の少女『カザネ』
若いながらもその豪胆さは、彼女の強さか、はたまた唯ノンビリとしているだけか。どちらとも取れる穏やかな笑顔に机の面々の方が毒気を抜かれる。
「今朝採りながら毒キノコは弾いた筈なんだがなぁ?」
「素人がキノコを鑑定するんじゃないっての……確かに即死するような危ないのは入ってなかったけどさ」
言いながらアヤタチバナが箸で摘んだのは赤茶色の小ぶりなキノコ。
何処にでも生えてそうなそれは、一見よく煮込まれ美味しそうな香りを放っている。
「解毒呪文“キアリー”」
しかし、呪文と共にアヤタチバナが息を吹きかけると、気泡が弾ける様な音と共に湯気とは明らかに別種の煙が浮き出て来た。
「うわっ!毒素がこんなに!?」
「食材組み合わせか。普段の毒性は大した事ないんだけど、一緒に調理する食材によってはこうなるのさ」
完全に解毒されたキノコを確認する様に食べるアヤタチバナの一方、驚くカザネにクックルーが解説する。
「いっそオイラのプラズマリムーバーで一気に解毒してみる?」
「やめれ。ぶち撒けるのが目に見えとるわ」
何処からともなく丸いデバイスを取り出したいももちに待ったをかける。
かと言って彼女にも代替案がある訳では無く、机を沈黙が支配してしまう。
湯気を上げる鍋は、香りも見た目も特に違和感がない。
だからでこそ、この鍋の本当の正体を知っている面々には、非常に不気味に映った。
「安心して死ねる鍋って言うとなんか凄そうだよな」
ポツリと呟いたのラックシードの不意打ちに、クックルーとカザネが揃って吹き出す。
ひとしきり笑った後で、吹っ切れた様な、やけっぱちとも取れる様な表情で二人は箸を手に取る。
「何と言うか、そう言われると」
「味わっておかないのが損な気がして来ました!」
「え、おい二人とも!?」
アヤタチバナが止めようと声を上げるが、時既に遅し。
二人は決死の表情で食材を口に運んだ……!