山あいの温泉町は、提灯の灯りが川面に溶けるころ、いちばん美しくなる。
二匹のカッパは、そろって大きな葉っぱを傘にして橋の上に立っていた。
町は金色の呼吸をしていて、湯けむりは空へふわり、ふわりとほどけていく。

「ここ、きゅうりの匂いがしないね」
帽子を被ったカッパがつぶやくと、
大きなリボンをつけたカッパはくすりと笑った。
「今日はね、湯の匂いを食べる日なの」
ふたりは木造の宿へ入り、
赤い夕焼けが窓いっぱいに広がる湯船に肩まで浸かった。
お湯はとろりと甘く、長旅の砂をそっと溶かしてくれる。

目を閉じると、ぽちゃん、と小さな音。
それは心の中の石が、静かに沈んだ音だった。
湯あがりには、ごちそうが待っていた。
真っ赤な実、つややかな瓜、湯気の立つ皿。
フォークと箸を握りしめ、ふたりは真剣な顔。

「旅の味って、どうして少しだけさびしいんだろう」
「帰る場所があるからだよ」
もぐもぐ。
その答えは、温かいスープみたいに胸へ落ちていった
夜が深くなるころ、提灯は星と交代する。
ふたりは布団にもぐりこみ、
「明日はきゅうり、食べようか」
「うん、旅の味に混ぜてね」
明日もまた、橋の上からこの町を眺めようと約束した

温泉町は、きゅうり色の夢を見ながら、
そっと湯けむりを空へあげ続けていた。
おしまい。